歴代管主紹介

橋本凝胤 写真
昭和14年から昭和42年

橋本 凝胤

[はしもと ぎょういん]

日本を代表し、肉食妻帯せず厳格な仏教学僧として活躍するかたわら戦後苦難の薬師寺を護持し、多数の弟子を育て昭和平成の薬師寺の基盤を作る。

明治 30年   奈良県平群村生まれ
  37年   法隆寺に入寺
  38年   薬師寺に移住
昭和 14年   薬師寺管主
  16年   法相宗管長
  42年   長老
  53年   遷化

著書

「仏教教理史の研究」(全国書房刊)
「菩薩」(薬師寺出版刊)
「人の心・佛のこころ」(誠信書房刊)
「般若心経講話」(誠信書房刊)
「心の安らぎ」(春秋社刊)
「仏教の人間観」(講談社刊)
「彼岸に帰る」(春秋社刊)
「人間のいきがいとは何か」(講談社刊)
「変わらざるもの」(筑摩書房刊)
「信ずるとは何か」(芸術新聞社)

高田好胤 写真
昭和42年から平成10年

高田 好胤

[たかだ こういん]

大衆教化の伝道僧として副住職在任中は境内で修学旅行生に説法する。管主就任し遷化するまで薬師寺伽藍の復興に、お写経勧進をしながら専念する。更に、大東亜戦争戦没者慰霊法要のため、就任より長年にわたり各地の戦跡を巡礼する。

大正 13年   大阪市生まれ
昭和 10年   薬師寺入寺
  21年   龍谷大学卒業
  24年   薬師寺副住職
  42年   薬師寺管主、法相宗管長
平成 10年   遷化

著書

「心」(徳間書店刊)
「道」(徳間書店刊)
「母 父母恩重経を語る」(徳間書店刊)
「観音経法話 上・下・偈頌の巻」(講談社刊)
「親の姿・子の姿」(講談社刊)
「まごころ説法」(主婦と生活社刊)
その他多数

松久保秀胤 写真
平成10年から平成15年

松久保 秀胤

[まつくぼ しゅういん]

高田好胤と共に師橋本凝胤の薫陶を受ける。在任中に大講堂を落慶。任期の途中に管主を安田暎胤に譲り長老となる。我が国仏足石研究の第一人者であり、管主退任後は薬師寺の根本教学法相唯識の普及し、各地で講義を続ける。

昭和 3年   大阪市生まれ
  13年   薬師寺に入寺
  25年   旧制松江高等学校文科卒業
平成 10年   8月より薬師寺管主
  13年   11月より法相宗管長
  15年   8月より薬師寺長老となる
現在     薬師寺長老
蓼科山聖光寺住職

著書

「み仏の蹈みし蹟どころ」(瑠璃書房刊)
「唯識初歩」(すずき出版刊)
「生きる指針」(河出書房新社刊)
「安らぎを求めて」(善本社刊)

安田暎胤 写真
平成15年から平成21年

安田 暎胤

[やすだ えいいん]

昭和 13年   岐阜県岐阜市生まれ
  25年   薬師寺に入寺
  37年   龍谷大学大学院文学部修士課程修了
  42年   薬師寺執事長・法相宗宗務長に就任
平成 10年   薬師寺副住職に就任
  15年   薬師寺管主に就任
  21年   8月より薬師寺長老となる
現在     薬師寺長老
(財)世界宗教者平和会議 日本委員会 常務理事
日中韓国際仏教交流協議会 常任副理事長
国際仏教興隆協会 理事長

著書

「心の道しるべ」 (講談社刊)
「玄奘三蔵のシルクロード・中国、中央アジア、ガンダーラ、インド各編」(東方出版社刊)
「この道を行く」(講談社刊)
「人生の四季を生きる」(主婦と生活社刊)

山田 法胤 写真
平成21年から平成28年

山田 法胤

[やまだ ほういん]

昭和 15年   岐阜県本巣郡根尾村生まれ
  31年   薬師寺に入寺
  39年   龍谷大学文学部仏教学科卒業
  39年   厚生省慰霊団団員として、アッツ島他戦跡各地巡拝
  46年   薬師寺執事に就任
平成 2年   奈良喜光寺住職に就任
  10年   薬師寺執事長に就任
  15年   薬師寺副住職に就任
  21年   薬師寺管主に就任
  28年   8月より薬師寺長老となる
現在     薬師寺長老

著書

「薬師寺」(学生社刊)
「仏陀の風景」(フジタ出版刊)
「心やわらかに」共著(佼成出版刊)
「生活に生きる佛教語」(善本社刊)
「仏法はまるいこころの教えなり」(善本社刊)
「迷いを去る 百八の智慧」(講談社)
「ブッダに学ぶ とらわれない生き方」(アスコム)

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