東塔のほとけさま

 古代建築美の白眉とうたわれる薬師寺東塔は、当初その初重内には釈迦伝の主要場面をあらわした塑造群像を安置していましたが、それが破損したために江戸時代にとりはらわれ、その時内部に木造の仏壇を構えて現在の姿に改められました。いま東塔初重内は仏壇四方に江戸時代の四仏を祀り、四隅には平安時代の四天王像を安置しています。

 また、平成4年(1992年)に東塔のご本尊として故大川邊一仏師最後の彫像となった「釈尊苦行像」が新たに奉安されました。お像は、千三百年の風雨にたえて来た東塔の真柱と一体となり、まるで東塔の主のようであり、そのお姿はきびしさなどという言葉では表現しきれるものではありません。

 「釈尊苦行像」の周囲にある四体の四天王像は、いずれも桜材と思われる堅木の材より、頭体の基幹部はもとより足下の岩座までを彫り出した一木造りの像で、内割りはない。当初は彩色仕上げであったと思われるが、現在は後世の補修になる錆漆状の古色に覆われています。

 

 

  持国天は、単髪を大きく結い上げ、額の左右脇から烙髪を逆立て、両目をいからせ、開口怒号する相で、右手を高く挙げて岩座上に立っている。両肩から先の部分はいずれも後補。

 

 瞑目閉口し、右手を腰に当て、左足を踏み上げた姿の増長天は、持国天とは対照的な相につくられる。現在左肩から先が大きく欠失し、右肩から先も後補されている。

 

 

   広目天は、四体のうちでは最も保存状態がよく、両腎部まで当初の部分が残っている。両腎から先は後補で、持物・天衣も当初のものではない。像は口唇を結び、瞑目して正面を向き、腰をやや右にひねりながら、わずかに左足を踏み出した姿につくられる。大ぶりの単害の形、両頬から下顎にかけての力強い肉付き、重厚な体躯のつくりなどに一木彫像らしい充実した表現をみることができる。左右袖の衣文の彫りは厳しく、袖縁には渦文がみられる。

 

  多聞天は広目天とは対照的な表情と姿勢をつくる。口唇を開いて歯列をみせた憤怒相で、腰を左にひねって右足を軽く踏み出す。両肩から先が後補で、さらに両手先を欠失している。四体とも厳しい面相や肉取り豊かな重厚な体躯の表現、あるいは彫りの深い衣文のさまなど、一木彫成像らしい力強い作風を示している。四体のうち二体ずつその表情と体勢を対照的に組合せており、これらがもとから四体一具の構成をしていたことも問違いない。制作時期は十世紀後半から十一世紀初めにかけてと思われるが、表現の充実した一具の四天王像として、当代の一木彫像様式の展開を考えるには、見逃せない作例といえよう。

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