休ヶ岡八幡宮の神様

 平安時代前期の寛平年問(889〜98)に勧請祭祀された、薬師寺鎮守八幡宮の三柱の神像は、一まわり大ぶりに造られた僧形八幡神を中央にして、左右に神功皇后・仲津姫命を配した三神一具のものとして安置されています。中央に木心を含んだ一本の桧材を3つに分断して、それぞれ三体の像を形成しているが、まさに神聖な霊木を本・中・末と分けての用材法であり、神像彫刻特有の深い宗教的意義が籠められたことがうかがえます。

 像は三体ともほぼ全身を.一材から丸彫りした一木造で内割りはなく、八幡神像の左手先と仲津姫命像の裳裾と頭頂の一部に別材を矧ぎ付けています。八幡神は円頂の比丘形で、法衣の上に吊紐の着いた袈裟を重ね、右掌を膝頭に伏せ、左掌を仰いで朕坐しています。左手には持物を止めたと思われる痕があります。肌はうすい朱色で剃髪部には群青で彩色している。袈裟は表が緑・裏が朱で、下の法衣は緑青地に濃緑で花文を描いており、裳は墨まじりの朱彩としています。総じて彩色は朱、緑による単純なものであるが、かえって配色は強くあざやかな印象をうけます。

 体奥が深く、また重厚な膝の造りなど、一木彫像らしい気分の大きな充実した造形をみせており、翻波や渦文をまじえた衣文の彫りも、簡潔なうちに力強い構成をみせています。また口唇のへり、衣端などに鋭いしのぎをつけてそり返らせる手法も、平安前期の特徴的な木彫表現として注目されます。

 正坐する八幡神に対して、神功皇后・仲津姫命の左右二女神像は、ともに片膝を立てたくつろいだ姿で、男女各神の対照もさることながら、三体それぞれの姿勢でも互いの相応を計っています。また衣文の彫り口でも八幡神のざっくりした翻波彫法にくらべて、二女神の場合は、丸みのある抑えたノミ捌きで、女性神らしい柔らかな体躯の起伏を強調しようという意図がみてとれるなど、三像の表現はそれぞれ一具像としての変化と調和を考えての細心の表現意図に支えられています。ふっくらとした下膨れの面貌、白肌には口唇の朱がひときわあざやかな印象で、襟の白を区切る朱あるいは丹の色線も、なまめかしいような香気を保っています。仲津姫命像

 

 

 気品の高い堂々とした姿の二女神は、八幡男神像とはちがって、いかにも女性神らしい花やいだ雰囲気を感じさせます。彩色は、神功皇后像が朱墨色の背子に緑の裳を着けるのに対し、仲津姫命像は緑の背子に白地の裳という姿で、背子の色も両者対応色を配しています。また仲津姫命像の背子や裳に施された彩色文様は、飛蝶と草花文あるいは蝶鳥文に根引松を組合せているが、これはそれまでの唐風感覚による文様とは多分に異質のもので、一種清爽な感覚を反映した和風の文様が、すでにこの頃から流行をみせているのを見逃すことはできません。

 

 


 

 小像とは思えぬほどに堂々とした容姿を示した、これら三体の男女神像は、三体それぞれが形・彫り・彩色の面でも、相互に変化と対照の妙を計った入念な表現が行われており、水準の高いすぐれた作技にあらためて注意をひかれます。またそれとともに、木彫神像としては最古の作例に属しながら、造像時の完好な美しさをそのまま保ったあざやかな姿には、今さらながら神殿の奥深くに千年の鎮座を続ける神体像の意義を思わずにはいられません。

 

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