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  大正13(1924)年3月30日大阪市生れ

 昭和11(1936)年に数え年12歳の時に得度して師匠である橋本凝胤師の薫陶を受ける。龍谷大学在学時に学徒徴兵で千葉県の四街道で終戦を迎えました。その後、龍谷大に復学して昭和21(1946)年に卒業しました。

 昭和23(1948)年に竪義加行を終えて翌年の昭和24(1949)年に副住職に就任しました。その後の18年間を修学旅行にやってくる生徒・児童に対して寺の案内を続けて仏心の種蒔きをした事は有名なエピソードです。

 昭和42(1967)年に藥師寺管主に就任し、その後昭和43(1968)年に法相宗管長に就任しました。その後金堂の復興に取り組み、百万巻写経勧進を発願し全国を勧進行脚しました。そして昭和51(1976)年に金堂を復興しました。

 それ以外にも大東亜戦争(太平洋線争)戦没者の慰霊法要を行ったり、またインドでの仏跡参拝、アメリカでの公演、そしてブラジルでの日系人対象の公演会及び慰霊法要など幅広い活動を行いました。
 平成10(1998)年6月22日に74歳で遷化されました。

 


上/右は慰霊法要をおこなう高田好胤師 

 グアム、サイパン、沖縄、ビルマ(現、ミャンマー)などのアジア・オセアニア地域等で数多くの法要をおこないました。

 

 

 

 

 左の写真はインドの佛蹟巡拝の時の写真です。

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